はじめに
“SOHO”や“マイクロビジネス”という言葉に関しては、そもそもその指し示すところが各人によってまちまちであることも多く、ましてその正確な人数の把握等がなされているわけではない。
本稿では、SOHOやマイクロビジネスという用語に関してその定義(試案)を行った上で、おおよその人口推計を行う。またそうした層が今後発展していくにあたって必要とされる支援策に関して、関連団体等の動向とも関わらせて、幾つかの側面から論じる。同時に、そうした機能を担う主体として“マイクロビジネス・エージェント(仲介事業者)”という概念を提示しその役割を紹介する。
なお本稿は、財団法人農村地域工業導入促進センター発刊の「農工情報」no.398(2001年10月)に寄稿した筆者の原稿をベースとしているが、とくに前半部分に関しては大幅に加筆訂正を加えたものである。
1.前提としての語義
「SOHO」という言葉自体は、もともとはロンドンの古くから拓けた街の地名であり、呼び名の由来は、かつて貴族の兎猟の際に勢子たちが発した「ソーホー!ソーホー!」という追い出しの声であるといった説もあると言われる[1]。いずれにしても現在でも有数の繁華街であり、アーティストや作家の街としても知られたロンドンのsoho地区をそもそもの語源として、その後ニューヨークのハウストン通りの南側(South
of Houston Street)がSoHoと呼ばれるようになった。ニューヨークのソーホーは19世紀には街の中心であったがその後衰退、スラム化した倉庫などを若手アーティストが利用するようになり、一躍芸術家の街として有名となる。この地名にあやかって「スモールオフィス・ホームオフィス(Small
Office/Home Office)」をSOHOと呼んだことが、本稿で記載するSOHOの語源となる。
一方、「マイクロビジネス」という言葉は、その名の通り極小のビジネスの意味である。極小とは個人単位という意味にとれると考えられ“個業”という言葉が日本語訳の意味で使われることもある[2]。
なおマイクロビジネスという言葉自体は国連やNGOなどが提唱する「持続可能な開発(Sustainable Development)」とセットとなって使われることもあり、その場合は開発途上国において経済的な問題を抱える個人が生きていくための最低限のビジネスという意味で用いられている。
2.SOHOの定義と分類−1 〜日本SOHO協会及びスピンクス案に対する言及〜
2000年12月に財団法人化した日本SOHO協会のホームページによれば、SOHOは「IT(情報通信技術)を活用して事業活動を行っている従業員10名以下程度の規模の事業者のこと。主にクリエイター、フリーランサー、ベンチャー、有資格者、在宅ワーク等が対象」[3]とされる。また「SOHOタイプ別分類」として、中小企業系、ベンチャー系、クリエイター系、サムライ系、在宅・NPO系、大組織系テレワーカーの6つにSOHOが分類されている。しかしこの6分類に関しては、日本テレワーク学会の研究発表大会において、W.A.スピンクス氏が修正案を提示している[4]。
日本SOHO協会によるタイプ1「中小企業系SOHO」は、「建設業、製造業、卸・小売業、農業などの『土地担保型』アナログ中小SOHO企業」と説明されているが、スピンクス案によれば「従来の零細企業・個人起業との違いが不明瞭」ということでSOHO対象外とされる。またタイプ6「大組織系・テレワーカー」は「企業の看板を背負った保険代理店、ディーラー、FC加盟店オーナー、など」とされるが、これも「従来の代理人等との違いが不明瞭」ということでSOHO対象外とされている。
たしかにスピンクス案のように上記のタイプ1と6は、従来からある零細企業や個人企業とどう違うかが明瞭ではない。街の八百屋さんや農業をしている高齢者、保険のおばさんもSOHOか、と問われれば首をひねらざるをえない。日本SOHO協会がSOHO人口を多く見積もるという観点からタイプ1やタイプ6まで含めてSOHOということも理解はできるが、一般的なSOHOという言葉のイメージからみると無理があるように思え、その意味ではスピンクス氏の修正案が妥当と考えられる。
しかし情報化は進んでいる。現在では零細建設業や製造業・保険代理店等においてもパソコン等を用いることは常態化している。街の八百屋さんや農家はインターネットでホームページを開設してBtoCのEC(エレクトロニックコマース)を始めたり、保険代理店もパソコンとネットワークを駆使してフィナシャルプランナーとなっている。そうした現状を見れば、タイプ1やタイプ6の中にもSOHO(ITを活用して事業活動を行っている従業員10名以下程度の規模の事業者)と呼べる層は存在すると言うこともできる。
かりにITの活用の有無が、SOHOかそうでないかの分かれ道になるのだとしたら、今後は、タイプ1や6でもSOHOと言える層は確実に増加していくと思われる。また逆に八百屋や農家をSOHOとは呼ばないのだとしたら、SOHO協会とは異なったSOHOの定義が求められることとなる。
一方、スピンクス氏の修正案で、「1.基幹SOHO」とされるのは、日本SOHO協会ではタイプ分類2「ベンチャー系」とされ「個人起業家ながら組織拡大志向もあるアーリーステージベンチャーの典型」と説明されている層である。これは規模の小さなベンチャーそのものである。職種にはとくに言及されていない。
またスピンクス案で「専門SOHO系」と命名されている層は、SOHO協会によってタイプ分類3「クリエーター系」とタイプ分類4「サムライ系(フリーワーカー・有資格者)」とされていた両者であり、この層については新たに3つの分類が示されている。2A感性職人(クリエーターなど)、2B有資格者(弁護士、会計士など)、2C技術者(翻訳家、DTPなど)である。
これらがSOHOの中心的な層として捉えられているわけであるが、ここで注意を要するのは、これらの層でもIT活用が前提とされていることである。弁護士でもパソコンやネットワークを使わない層は、SOHOとは捉えられていない。「テレワーク」というITを活用したワークスタイルがベースとなって、その上にSOHOと呼ばれる層が現出するという整理がなされている。
またSOHO協会ではタイプ分類5として整理されていた「在宅・NPO系」は、スピンクス案では3.SOHO予備軍系として3つめのSOHO枠に入り、さらにそれは3A周辺型(主婦・学生・リタイア・障害者)と3Bサラリーマン副業に2分されている。
引用してきた日本SOHO協会の分類やスピンクス氏の修正案における課題(というよりも言及が及んでいない点)を記すと以下のようになる。
@SOHO協会案では、建設業、製造業、卸・小売業、飲食業、農業を「『土地担保型』アナログ中小SOHO企業」としてSOHOに含めているが、スピンクス案はそれを退けた。「IT(情報通信技術)を活用して事業活動を行っている従業員10名以下程度の規模の事業者」というSOHO協会の定義に従えば、上記のような業種はITを使わない事が多いので、SOHOの枠から除外する方が自然である。しかしながら、例えばITを使い出した農業従事者や小売・販売従事者は、SOHOに含められるようになるのであろうか? そうした点に関しての言及が必要とされること。
A「従業員10名以下程度の規模の事業者」という表現では、10名という数字上の根拠が示されていないので、その点に関しての言及が必要とされること。
BSOHO協会のタイプ6「大組織系・テレワーカー」はスピンクス案では「従来の代理人等との違いが不明瞭」ということでSOHO対象外とされた[5]が、保険代理店やディーラーの中には「IT(情報通信技術)を活用して事業活動を行っている従業員10名以下程度の規模の事業者」の枠に入る層は存在すると思われるので、その点に関しての言及が必要であること。(なぜ従来の代理人との違いが不明瞭だとSOHOの枠内に入らないのかがいま一つ発表論文の記述だけではわかりにくい)
Cスピンクス案における「基幹SOHO」「専門SOHO」「SOHO予備軍」という分類は大変よく考えられたものであり現状にも即している。また「基幹/専門SOHO」は「事業」であるのに対して「SOHO予備軍」は仕事先に対しての従属性が高い労働系のSOHO(つまり「労働力」)であると喝破している点などは秀逸である。しかしながら「基幹SOHO」をベンチャーなど事業拡大志向が高い層のアーリーステージと位置付けることによって、基幹SOHOでも専門SOHOでもない層を切り捨てることになりかねない。例えば事業拡大志向はとくにないが10名を超えない程度の一定の規模を保って事業を存続している事業者は存在する。それらの事業者が専門SOHO(つまりクリエーター・有資格者・技術者)の集まりかと言えば必ずしもそうではない場合もある。
D「SOHO」の定義は、各人ごとに多様であり、いまだ曖昧であるが、SOHOをその字義通りにスモールオフィス&ホームオフィスと捉えて、企業の従業者層が在宅勤務や職住近接の小規模オフィスで勤務するような場合にそれをSOHOと呼ぶ使い方も見られるようになっている。そうした点に対しての言及が必要とされること。
3.SOHOの定義と分類−2 〜試案の提示〜
上記を元に筆者の案を掲げれば、そのワーカー個人が「SOHO」か否かを決定する要因は
“SOHO”の要件 |
- テレワークというワークスタイルで業務を遂行していること(=そのワーカーが“テレワーカー”であること)
- 小規模なオフィス(在宅オフィスや少人数のオフィス)での業務を遂行していること
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の2点に集約できるのではないかと考えている。これを図式的に示せば下記の[図1]のように表せる。
[図1]SOHOの定義−概念図
ここで1)のテレワーカーであるか否かは、ワーカーが業務を遂行する際に以下の条件a)〜c)を充たしている時のことを言う。(参考文献[6][7]に示されている日本テレワーク学会「テレワーク人口調査等研究部会」が答申した概念を元に本稿筆者が一部表現を変更)
“テレワーカー”の要件 |
- オータナティブな(多様な)業務場所で働ける可能性のあること=業務を行う時間や空間を自ら選べること
- ITを活用していること=ITが業務遂行に必須となっていること
- いわゆるオフィスワーカーであり、直にモノやヒトと接した仕事を主たる業務としてはいないこと(業種で言えば建設業、製造業、卸・小売業、飲食業、農業、サービス業の一部を、「直にモノやヒトと接した仕事」とする)
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前述した言及すべき課題@〜Dとの関連で述べると、まず@に関しては、テレワーカーであるためには、上記c)で記したように「直にモノやヒトと接した仕事を主たる業務としてはいないこと」という条件があるので、たとえ農業従事者がインターネット上で農作物を販売したとしても、農業が主たる業務である限りにおいてはSOHOとは呼べない、という事になる。
Aに関しては、2)での記載でも「小規模なオフィス」としているだけであるので、依然として数字が曖昧であるといった課題は残る。(本稿では紙面の関係上この課題に関してはこれ以上扱わない。)
Bに関しては、c)に示すように、対象者がオフィスワーカーである限りは、SOHOと呼べる可能性も出てくるが、保険代理店やディーラーといった職種の場合、小売(販売)がメインとなり、オフィスワーカーというよりも「直にモノやヒトと接した仕事」と捉える方が自然であろう。それを根拠としてSOHOの対象外であるとする。
Cここまでに記した試案では、とくにSOHOの中での分類を試みていないが、本稿ではスピンクス案の優秀性を認めた上で、あえて(後述する人口推計に配慮して)以下の分類を提示する。それは、ウ)事業者型SOHO、エ)非事業者型SOHOの2分類である。
まずエ)非事業者型SOHOから説明を加えると、これはスピンクス案の「SOHO予備軍系」にほぼ対応する概念である。主婦、学生、リタイア層、障害者層や、また企業従業員の副業などで、それほど収入も多くなく従って事業者登録をしていなかったり、また法人の形にしていないSOHOである。
一方、ウ)事業者型SOHOは、個人であれば事業者登録をしている層、また法人であれば事業としての登記をしている法人の代表者層を指す。
こうした外形的分類は、スピンクス案にある専門SOHO(感性職人、有資格者、技術者)やベンチャー志向の基幹SOHOといった表現に見られるように実態をよく示したわかり易い分類には結びつかないが、一方では曖昧さを排除して後述するような人口推計を行いやすくするというメリットがある。
また必ずしもベンチャー志向ではないSOHO層も枠内に取り込むことができるようになる。そもそもベンチャー志向のSOHOかどうかといった法人の姿勢に関わるような内容は、実は経営者の意識の問題でもあり、経営者の気持ちはゆらぐ事もある。ベンチャー志向か否かといった点の把握は極めて曖昧になりやすいと考えられる。その意味でも単に外形的に法人格を有しているかどうか、従業員は何人かといった把握から攻めていく方がSOHOを明瞭に捉えられる側面があると思われる。
Dに関しては、本稿では企業の従業員が在宅勤務(ホームオフィス勤務)をしたり、自宅の近くの小規模なオフィス(サテライトオフィスやテレワークセンターと呼ばれるオフィスの場合もある)で勤務するような場合、それを「スモールオフィス&ホームオフィス」というSOHOの本来の字義に忠実に従って、SOHOの枠内で捉えてみることとする。[図1]等で示したSOHOか否かの判定法をそのまま援用すれば、その範疇には企業に勤める従業員も含まれる事がわかる。従業員のテレワークには営業マンに多いモバイル型などがあるが、自宅や自宅近くの小オフィスに働いている従業員はSOHO型とも呼べる。どこで働いているかという点に着目した従業員のテレワーカーをオ)従業員型SOHO、と呼ぶことをここでは提唱する。もちろんこれには異論もあり、あくまでもSOHOは個人事業者に近い形態を指すという考えもあろう。しかしながら企業従業員の在宅勤務は一般的にホームオフィス(HO)勤務と呼ばれており、本稿でもそうした用法を踏襲した。
4.マイクロビジネスの定義とまとめ
一方マイクロビジネスという言葉には、「雇用保険(労災と失業保険)に加入していない層=従業員(社員/被雇用者)ではない層」(マイクロビジネス協議会)という定義がなされており、この点がSOHOとの明確な差異となっている。マイクロビジネスは、オフィスの大きさや場所に注目した概念ではなく、「雇用されていない=自立・自律した働き方」という働く姿勢や心の有り様に注目した上での命名である。
以上を整理すると[図2]となる。
[図2]SOHO、マイクロビジネスの概念分類図
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凡例>
ウ)事業者型SOHO
エ)非事業者型SOHO
オ)従業員型SOHO |
テレワークで業務を遂行している「テレワーカー」(実線外枠)のなかで、在宅や小規模オフィスで業務を遂行している者がSOHOである。SOHOにはウ)〜オ)の種類がある。ウ)は、事業者登録をしている個人事業者や従業員規模10人未満程度のオフィスの代表者層。エ)は主婦層や高齢者層また企業従業員の副業、学生アルバイトなど事業者登録をしていない層で、SOHO予備群とも呼ばれる層。オ)は企業従業員でテレワークを行い小規模オフィスや在宅で勤務している層である。
企業従業員のテレワーカーのなかには、在宅や小規模オフィスや在宅で勤務していない者もいるので、それらは図では「SOHO以外の従業員テレワーカー」と表示している。携帯端末を持って勤務をしているような、いわゆる「モバイルワーカー」等をイメージしている。またマイクロビジネスは従業員ではないという観点から破線枠で表示した。
蛇足であるが、エ)非事業者型SOHOは「SOHO予備群」や「周辺型」と表現をされることがあるが、逆にこうした層がSOHOの中心的な存在として把握されることもある。SOHOをタイトルに冠した書籍等(「SOHOのすすめ」といった類の書籍)の多くが指しているSOHOの意味は、主婦層であることが多い。インターネット上のSOHO向けとされるサイトでも、その対象者が主婦層をメインとしている場合が圧倒的である。これもSOHOの定義が曖昧なまま、広く言葉が流布してしまったことの現れでもある。
主婦層の場合、1年間を通じての収入がほんの1〜2万円の層がいたり、またかなり専門性が高いワーカーとなっている場合でも、夫の扶養控除の枠内に入るために年収が100万円前後を越えないように抑える場合も多く、概して収入が少ない。それが「予備群」といった呼称の背景であるが、一方、SOHOとはそうした「低収入の主婦層」のことである、という認識を前提として、クリエーターやデザイナー達の中には「自分はSOHOではない」と強く主張する者達がいる多いこともまた事実である。
5.SOHO/マイクロビジネス人口規模の推定
以下に人口の推定を行うが、まず[図2]ウ)〜オ)の各人口を算出する。
ウ)事業者型SOHOを算出する上での基礎データは総務庁統計局による「事業所・企業統計調査」である。日本SOHO協会のホームページにある「SOHOを組織規模だけで見るなら、10人以下のSOHO事業所数は約540万カ所。関係ワーカーは約1568万人となり、『4人以下』の事業所は409万カ所(総務庁、97年度)」[3]との記述も、同調査の平成8年調査によるものである。
しかし「関係ワーカーは約1568万人」という数値は全産業にわたっての数値であり、まさに「組織規模だけ」から見た数値であるにすぎない。これは既存の零細企業の統計数値をそのまま当てはめようとしたもので、SOHOという用語をわざわざ使う意味がないという意見も当然でてこよう。
先の定義をもとにずれば、ITが業務遂行に必須となっている事業所がどのくらいあるのか、という比率が重要になってくるのであるが、残念ながら現在公表されている「事業所・企業統計調査」からは関連数値を取得することはできない[8]。
2001年2〜3月に行われた「職場におけるインターネット普及率調査」(日経BP社調査部、ビデオリサーチ、ビデオリサーチネットコム)によれば、「日本の就業者の職場での
インターネット普及率は33.5%である」[9]とされる。業種によってもかなりのばらつきがあり、「情報通信
・コンピューター業の80.5%は別格にしても、普及率2位の印刷・出版・放送・広告の50.0%に対して農林水産・畜産・鉱業勤務者では7.8%と大きな差が生じている」との結果が公表されている。従業員規模によっても差異があると考えられるが、この調査における企業インターネット普及率(平均値)33.5%を、他の調査の数値と比較してみると、例えば「IT活用企業についての実態調査・情報関連企業の労働面についての実態調査」では、全産業のIT活用率(1人1台以上のパソコンが普及をしている企業の割合)は全産業系で49.5%となっている[10]。 ただしこちらの調査は従業員300人以上の企業が対象であるため、両者の調査を比べると従業員規模が大きい企業ほどIT化が進んでいることが推定できる。もちろん正確な数値ではないが、従業員10人程度以下の企業では、IT化の比率はおおよそ20〜25%程度と想定できるのではないだろうか。さらにこの中から、「ITが業務遂行に必須となっている」企業の割合を出す必要があるが、その割合はここでは上記の数字のおよそ半数10〜12.5%と見積もることとしたい。
従って、「事業所・企業統計調査」の平成11年調査で把握されている従業員10人未満の企業5,067,707事業所、そこに関わる従業員数は15,685,901人の数値も、ITが業務遂行で必須となっている企業に限定すればその10%強程度に割り引いて見なければならず、おおよそ事業所数は50〜60万程度、関連ワーカー(従業員)数は150〜200万人程となると想定できる。
またここで従業員がすべてSOHOかといえば、それは違うと言うことになる。先述した“テレワーカーの要件”では「オータナティブな(多様な)業務場所で働ける可能性のあること=業務を行う時間や空間を自ら選べること」という項目を示したが、従業員が10人にみたない企業の従業員が皆こうした裁量を有しているとは考えられない。従業員までもSOHOである、という認識はできないと考えられる。ここでは少なくとも零細事業所のトップ層、約50〜60万人が事業者SOHOであるとしたい。
エ)非事業者型SOHOに関しては、厚生労働省(旧労働省)の委託に基づいて日本労働研究機構が平成9年10月に実施した「情報通信機器の活用による在宅就業実態調査」で、推計値が出されている。この調査は業務発注側の企業677社[11](有効回答216)を対象に、どのくらいの在宅就業者に業務を発注しているか等の質問をし、さらにそこで把握された在宅就業者2,278人(有効回答270)に在宅就業の実態を聞いたものである。在宅就業ということでは非事業者SOHOだけでなく、事業者SOHOも対象に入っていると思われるが、調査結果では在宅就業の内容が文章入力・テープ起こし(43.7%)、データ入力(25.2%)となっており、対象者の少なくとも7割方は非事業者SOHOにあたるものと想定される。同調査によれば、「在宅ワーカーの数は、出版印刷、情報サービス、専門サービス等の業種に限っても、文章入力・テープ起こし、データ入力、設計・製図、デザイン、DTP・電算写植、プログラミング、翻訳、シテム設計といった分野で、約17万4千人程度が想定される」とされるが、「事業所数からみれば全体の3%を占めるに過ぎず、これら以外の業種分野も含めれば在宅ワーカー数はさらに多くなるものと見込まれる」との記述もある。
同調査では、人口推計を行うにあたって、有効回答率が低いという理由から発注側企業における在宅ワーカーへの発注実施率30.8%を半数に減らして推計を行っている[12])が、膨大なインターネット上でのSOHOサポートサイトの量やその最近の増加傾向を鑑みれば、推計値は上方修正をしてもいいのではないかと思われる。ここでは非事業者SOHOを約35〜50万人と見積もることとする。
オ)従業員型SOHOであるが、これに関しては日本テレワーク協会(旧称日本サテライトオフィス協会)によって継続して実施されてきた「テレワーク実態調査」の結果が参考となる[13]。
平成12年1〜3月に実施された最新の調査結果では、テレワークを実施する企業は全体の12.7%とされ、そのうち「在宅勤務が主たるテレワーカー」である企業が45.7%、「サテライトオフィス勤務が主たるテレワーカー」企業が4.3%、「モバイル勤務が主たるテレワーカー」企業が38.6%とされる。同調査は東京都区部や大阪市、福岡市など全国7都市に本社を置く約5,000社とその従業員12,300人を対象に調査されたものであるが、全国ベースでのテレワーク人口の推計値は、在宅勤務テレワーカー112.6万人、サテライトオフィス勤務テレワーカー10.6万人、モバイル勤務テレワーカー95.1万人となっている。
[図2]のオ)従業員型SOHOという概念にあてはめれば、在宅勤務テレワーカー112.6万人とサテライトオフィス勤務テレワーカー10.6万人を足した数値123.2万人がオ)の人口となる。
しかしながら、同調査におけるテレワーカーには、「月に1回あるいは月に1回未満」テレワーク(在宅勤務等)を行う(7.1%)という者も含まれており、またもっとも多いのは「週に1、2回」テレワークを行うという者(30.0%)である。SOHOという言葉のもともとの意味である「小規模オフィスやホームオフィスで働いているという者」というニュアンスから見ると、週のうちの半分以上は小規模オフィスや在宅勤務しているものを指したいと思われてくる。そうした観点から調査結果を見ると「週に3,4回」テレワークをする者は18.6%、毎日テレワークをする者は20.0%という数値が出ている。両者を合計した38.6%をオ)の推計値123.2万人に掛けた数値47.6万人をここでは採用することとしたい。([表1]ではあくまでもおおまかな推計値であるという観点から45〜50万人という表現とした)
以上の検討結果をまとめたものが、[表1]SOHO人口の推計値である。ウ)からオ)までを一つにした数値では、SOHO人口が130〜160万人となった。
この数値は、就業者総数6,462万人(平成11年/労働力調査)を母数とすると、2.01〜2.48%となり、それほど大きな数値とは感じられないかもしれないが、例えば農林業に従事している自営業主152万人と比較した時にはほぼ同等の大きさとなる。
またエ)非事業者型SOHOに関しては、現時点では統計上の就業者数に組み入れられていない事がほとんどであろう。しかし少子化による長期的な労働力人口の低下を鑑みたとき、非事業者SOHOをいかに労働力に組み入れていくかが将来にわたっての大きな課題となってくるに違いない。
[表1]SOHO人口の推計値(柴田試案)
ウ)事業者型SOHO・・・・・・・50〜60万人
−従業員10人未満の零細事業所のトップ層 |
エ)非事業者型SOHO・・・・・35〜50万人
−主婦、学生、リタイア高齢者、身障者等 |
オ)従業員型SOHO・・・・・・・45〜50万人
−在宅勤務、小規模サテライトオフィス勤務等 |
|
合計値 130〜160万人 |
SOHOと近い概念と捉えられている「マイクロビジネス」の人口に関しては、[図2]で示した概念で考えるならば、業種を問わないということになり、それはまさに「事業所統計調査」の約600万人にあたるということが言える。雇用されていないという働き方、「個業」を実践している層がこれだけいるということである。情報通信インフラの整備に連れて、今後このマイクロビジネス層はどんどんITを活用していくようになるに違いない。その意味では[表1]のSOHO人口の増加は今後どんどん加速していくに違いない。
6.SOHOにとっての課題、問題点
SOHOを対象としたアンケート調査等は、最近よく実施されるようになってきている。ここでは紙面の関係上、筆者が関わった日本テレワーク協会による最新の調査結果を元にSOHOの課題の概観を示したい。
結論から先に示せば、SOHOにとっての現状でのとくに大きな問題点は「営業力の弱さ」である。また得意分野に対する技術・技量(ノウハウ)はあるもののマネジメントに関しては契約や回収等に関する実務経験が不足している傾向がみられる。したがって、独立したものの仕事が得られないケースや仕事は取れたものの納品や回収に際してトラブルとなるケース等が発生している。
[図3]は、日本テレワークが、平成12年度に実施した調査結果の一部であるが、これを見ても上記の点が読み取れる。(調査回答者はインターネット上で、ホームページ作成に代表されるような情報系のサービスを受託できる事をPRしている企業や個人など計732。内訳は株式会社289、有限会社166、個人244、その他33。電子メールとウェブによる調査で回答率は7.89%。)
全体的傾向として「仕事の多い時期と少ない時期の変動」や「仕事の受注量の少なさ」「営業面での能力や努力、体制等」といった営業力の弱さにつながる項目が課題・問題点として上位にあがっているが、この傾向は株式会社よりも個人と有限会社(従業員数5人以下が79.6%を占める)で顕著である。また「支払いや契約等のトラブル時のサポートがないこと」「税金や法務、財務面などでの相談窓口がないこと」「支払い等の確実性への不安(顧客の信用問題)」といった項目を課題・問題点としている者の割合は個人、有限会社で相対的に高い値となっているが、とくに個人の事業者では飛びぬけて高くなっている。
また他に読み取れる特徴としては、個人では「年金、健康保険など福利厚生面での不安」を、有限会社では「資金繰り等の金銭面での不安」を課題・問題点としてあげている数が相対的に大きい。そもそも個人の事業者は株式会社よりも各項目に関して「問題がある」「多いに問題がある」と回答する割合が50%も高い傾向にある。
[図3]事業を行う上での課題・問題点 (「問題がある」「多いに問題がある」と回答した者の割合)
社団法人日本テレワーク協会マイクロビジネス協議会による調査結果より
課題・問題点など |
株式会社 |
有限会社 |
個人 |
2.仕事の多い時期と少ない時期の変動 |
39.8 |
51.2 |
55.7 |
1.仕事の受注量の少なさ |
35.6 |
47.6 |
52.9 |
7.営業(仕事をとる)面での能力や努力、体制等 |
35.0 |
41.6 |
43.9 |
3.仕事の単価 |
35.6 |
42.2 |
38.2 |
13.事業資金や資金繰り等の金銭面での不安 |
27.3 |
41.0 |
34.4 |
14.年金、健康保険など福利厚生面での不安 |
13.2 |
35.5 |
47.9 |
8.顧客との交流の機会や場の少なさ |
17.3 |
32.5 |
32.8 |
15.能力開発や教育の仕組み等に関しての不安 |
21.8 |
23.5 |
24.2 |
4.仕事のスケジューリングや進捗管理 |
19.0 |
16.8 |
19.3 |
6.発注者の指示のわかりにくさ、あいまいさ |
18.0 |
16.9 |
15.2 |
11.支払いや契約等のトラブル時のサポートがないこと |
8.3 |
16.2 |
28.3 |
12.税金や法務、財務面などでの相談窓口がないこと |
6.5 |
13.8 |
22.6 |
10.支払い等の確実性への不安(顧客の信用問題) |
6.5 |
10.8 |
16.4 |
16.外注先との仕事のやりとりや金銭面などでの問題 |
4.5 |
12.0 |
12.7 |
9.仕事の成果や品質面での不安 |
10.4 |
9.6 |
6.9 |
5.仕事仲間との連絡・協力や人間関係 |
5.5 |
7.8 |
5.7 |
計 |
304.1 |
419.0 |
457.1 |
「株式会社」:「有限会社」:「個人」 |
1.00 |
1.38 |
1.50 |
7.エージェントの必要性と協議会設立
前述したようなSOHO層の弱点を補い課題を解決するために、SOHO層と業務を発注するクライアント側との間にたち、受注発注の取りまとめ役や橋渡し役ともいうべき役割を担う仲介事業者(エージェント)の存在が注目されるに至っている。
エージェントの役割の第一は、SOHO層にとっての最大の課題である営業力の弱さを補い“営業代行”を行う点にある。エージェントはSOHOに業務を発注あるいは斡旋、仲介する。この場合エージェントはSOHOと支払いや契約上でのトラブルが起きないようにしなければならない。また税金や法務、財務面などでの相談窓口機能をエージェントが有したり、あるいは年金、健康保険など福利厚生面での不安に対しても適切なサポートができることが望ましい。他にもSOHOに対して、適切な教育研修プログラムを提供したり、金銭面でのサポートができることが期待される。
こうしたエージェントは、新しい業態であるだけに、中にはSOHOに対して仕事の仲介・斡旋をうたってパソコン等の物品を高価で販売し結果的に詐欺まがいの行為を行っている業者も存在する。SOHOを支援するという視点にたったエージェントの発展が必要であると考えられる。
社団法人日本テレワーク協会では、平成12年8月に「マイクロビジネス協議会」を設立し、SOHOやまた広く業種を問わないマイクロビジネスのサポートを行う業態(エージェント)の組織化に着手している。同協議会の意図は、SOHO/マイクロビジネス層の支援・発展にあるが、そのための有効な方策としてエージェントに注目しているわけである。現在、同協議会に加入しているエージェントとその関連事業者は368社で、それらがネットワークしているマイクロビジネス層は56,600人に及ぶ。(エージェント1社あたり約150人のSOHO/マイクロビジネス層がネットワークされている計算となる。)
同協議会では、SOHO/マイクロビジネス層の福利厚生面や金融面、また教育研修面などに注目し、具体的な解決策を検討するといった活動を行い、前述したようなエージェントの役割と必要性に則った仕組みづくりを目指している。
またこうした活動とも連携しつつ、現在では静岡県や福岡県、岡山県、高知県など複数の自治体が、各地域の実情を踏まえた独自の展開を始め出している。自治体としても今後の地域の産業振興を考えた際には、SOHO/マイクロビジネス層に注目せざるを得ない状況が生じている。エージェントの協議会を地域内で作る、SOHO支援施設を立ち上がる等、具体的な支援策はいろいろであるが、地域内の失業率を下げるためにもSOHO/マイクロビジネス層が伸びることが強く望まれている。
参考文献ならびに注記
[1]ロンドン憶良見聞録ホームページ
(http://www.asahi-net.or.jp/~cn2k-oosg/soho01.html)
[2]加藤敏春、マイクロビジネス−すべては個人の情熱から始まる、2000年、p.2など
[3]社団法人日本SOHO協会ホームページ(http://www.j-soho.or.jp/library/library10.html)
[4]W.A.スピンクス,SOHO類型への提案,第3回日本テレワーク学会研究発表大会論文集,2001
[5]上記[4]のなかでは、(「大企業系・テレワーカー」という)ネーミングが混乱を招く恐れがある理由で、「エイジェント系」という呼称が提案されている。
[6]柴田他、テレワーク人口調査に関する一考察(1)−前提としての「テレワーク」の定義に関する検討、第3回日本テレワーク学会研究発表大会論文集、2001年
[7]柴田他、テレワーク人口調査に関する一考察(3)−実際の人口調査に関しての提言、第4回日本テレワーク学会研究発表大会論文集、2002年
[8]平成13年に調査が実施された第18回事業所・企業統計調査では、「従来の調査項目に加えて、近年の企業活動の多角化、企業再編の活発化及び企業活動における情報化の進展等を踏まえ、企業グループの構造、企業の合併・分割の状況、電子商取引の実施状況等、企業関連項目の充実」が図られることとなっているため、例えば「電子商取引の実施状況」等のデータと企業規模を照らし合わせれば、より正確なSOHOの推計値に近づける可能性が高まると思われる。
[9]同調査の調査対象者は、全国の15歳以上の就業者。就業者地域分布を基にサンプル数を割り当て、ランダムに電話かけて聞き取り調査をしたとされる。男女ビジネス・パーソン1万275人から回答を得た。
[10]日本労働研究機構によって平成13年6月に発表された調査結果による。。従業員数300人以上の企業10,000社、情報関連企業調査は、ソフトウェア業、情報処理サービス業、情報提供サービス業に属する従業員数10人以上の企業7,413社に調査票を郵送。うち回答があったのは、IT活用企業調査が1,637社、情報関連企業調査が1,536社。調査実施期間は、平成12年12月7日〜22日。
[11]調査は、在宅就業者に業務を出していると想定された1)印刷・出版・同関連産業、2)広告・調査。情報サービス業、3)専門サービス業(土木建築サービス業、経営コンサルタントサービス業、機械設計業、デザイン業、翻訳業)、4)その他の事業サービス業(速記・筆耕・複写業、広告征作、労働者派遣業)を対象にして実施された。発注事業所の業種構成は印刷出版(28.2%)と情報サービス(26.9%)で過半数を占め、土木・建築・機械設計(15.7%)、広告・宣伝物製作(9.3%)、調査・経営コンサルタント(5.6%)などとなっている。従業員規模は10人未満が32.8%、10〜29人が39.3%と30人未満が7割強を占める一方、50人以上は16.2%に過ぎず、小零細規模の傾向が強い。
[12]203,500社(1) × 15.4%(2)
× 12.8人(3) ÷ 2.3社(4) ≒174,000人
(1)事業所・企業統計調査による調査対象業種に係る企業数
(2) 調査対象業種において、実施率は30.8%(2,200社中677社で実施)となっているが、有効回答率が7.1%と低いことから、これを1/2に割引いた15.4%を想定。
(3)1事業所平均の発注先在宅就労者数
(4)1人平均受託先
[13]社団法人日本テレワーク協会,日本のテレワーク実態調査研究報告書(平成12年度版),2000
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